色声機械*62
はじめの一歩
「ねぇ、キスしたら私たちなんか変るかな…」
夕方から天気予報通りに雨が降り出た。
一向に上がる気配もないまま、ニコが帰る時間になったので車を出した。
その車内で突然ニコが言い出した。
ニコの言葉に思わずブレーキを踏んでしまい、ガクンと車が止まった。
「ちょっ!ちょっと危ないよっ」
ニコは『信じられない』という顔で俺を見た。
幸いにも時刻はすでに10時を回っていたから人通りもなく、後方からクラクションを鳴される事もなかった。
取り敢えずハザードを点けて、車を道の脇に寄せた。
「に・・・ニコ、今なんて言った?」
バクバクと心臓が痛いくらい鳴っている。
車の所為なのか、ニコの所為なのか解らない。
「だから・・・」
ニコは真っ直ぐに俺を見つめた。
その真っ直ぐな瞳に更に鼓動が早鳴った。
「キスしたら私とロボ、何か変わるかなって言ったの」
「・・・う、ん?」
顔が急激に赤くなるのが自分でも解った。
路肩の街灯の仄かな光でニコの顔も真っ赤に染まっているのが解った。
冗談で言っている訳じゃないんだ。
「どうして、そんなこと言い出したのさ」
ニコは真っ直ぐ見つめていた視線を不意に逸らして、
「だって・・・私たちって変だと思う。ロボと知り合ってもう5年だよ。なのに・・・」
ニコが間をおいて、俺を見つめ、
「友達以上になれないの?」
「・・・・」
一瞬すべての音が消えた気がした。
「ロボのことは友達とは思えない。再会したあの日から、私の中では違っていた。ロボを他の誰かに捕られるのは嫌なの。
―――――それに私、中学生の頃と違うんだよ」
ニコの瞳に涙が溜まり、そして流れ落ちた。
俺はそっと手を伸ばし、ニコの涙を拭った。そして、
「・・・・試してもいい?」
カラカラに乾いた喉からやっとの思いで絞り出した言葉。
ニコは諭したようにそっと目を閉じた。
触れるだけのキスをニコの唇に落とす。
ほんの一瞬触れただけなのに心臓が今にも口から飛び出しそうなくらい。
「な、なんか変われた?」
ゆっくりと目を開けたニコは満面の笑みを浮かべていた。
「うん、変わった気がする」
ニコはシートベルトを外すと、腕を伸ばして俺に抱きついてきた。
「うわぁっ!!」
突然抱きつかれ、その勢いで窓に後頭部が当たった。
「痛いよ、ニコ~」
なんて口では言っていても、かなり顔がにやけている筈。
「ロボ。ロボ、ロボ・・・」
ニコが何度も何度も俺の名前を呼ぶ。
「ニコ、ニコ・・・ニコ」
負けじと何度も呼び返した。
それからどれ位の時間が経ったんだろう。
抱きついたままのニコをそっと離し、
「早く帰らないと、怒られちゃうよ」
「・・・・このままロボと居たい」
ぷぅっと頬を膨らませて駄々っ子の顔をした。
「だーめ。これ以上ニコと居たら、俺の理性が持ちません」
「ろ・・・ロボならいいよっ」
俺はニコのおでこをピンと弾いた。
「ダメです。今日は帰るの」
「・・・・けち」
ますます膨らむほっぺにキスをすると、ニコの家へと車を走らせた。